皆様、いつもお世話になっております。すまい倶楽部㈱小林 北斗です。3月ですね。
桜の便りも待たれる頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか。とは言ってみましたが、こちらの文章を書いている今は2月の初旬でいまだ極寒。桜の便りどころか明日から雪の予報です。ずっと春にLINEを未読無視されている気分。なんか電波悪い?地下にいる?
さらにここからは例のごとく、季節感ゼロのお話をさせて頂きます。今月は、僕の名前に関するお話です。
■コバヤシ
僕には3つ上の姉がおり、僕は姉を『コバヤシ』と苗字で呼びます。ヘンなのは重々承知ですが、一応の理由があります。
中学生の頃に気付いたのですが、僕は自分の姓が小林なので、誰かのことを『コバヤシ』と呼ぶことがありません。小林姓の同級生は下の名前で呼び、年上は『小林さん』か『小林先輩』です。そこで、ある日ふと「僕は一生、誰のことも『コバヤシ』と呼ばずに生きるのか」と思いました。すると何か寂しいような、まるで心に『コバヤシ』の形の穴が開いているような、そんな気持ちになりました。どんな気持ちだよ。
そこで、僕の最寄りの小林さんである姉を『コバヤシ』と呼ぶことにしました。日本に100万人いる小林さんの中で、僕が『コバヤシ』と呼ぶのは姉だけですので、ある意味特別な一点ものです。もう20年以上も前からのことで、家族は慣れきっています。自由な家風。家族のLINEでも、僕が姉を呼ぶときは『コバヤシ』です。メンバー全員コバヤシなのに。
■コバヤシ2
そういえば、大学の同期の『加賀見』とはじめて出会った頃に、「みんなはお前を『北斗』と呼んでいるが、俺はお前を『小林』と呼ぼうと思う」と宣言されたことがあります。
当時は、「うん。好きに呼んでよ」と気にしていませんでしたが、今思えばこれは凄いことです。彼が人生において出会ってきたであろう『全小林さん』たちを差し置いて、大学で出会った、いわば新参の小林(僕)に『小林』の枠をくれたわけですからね。大抜擢の1年生レギュラーです。
単に彼が上京して最初に出会った『第一小林』が僕だっただけかも知れませんが、それはそれで光栄です。彼にとっての『東京の小林』が僕ってことですから。なんだか『東京のお母さん』みたいに言ってますけど。
■北斗
さて、これでもかと『小林』をご堪能頂いたところで、僕の下の名前についてのお話です。『北斗』って名前、昔はかなり珍しかったのです。子供の頃から、よく初めて会う人に「強そうな名前だね!」と言われました。特に大人の男性に。
完全に『北斗の拳』によるイメージです。僕が北斗の拳を読んだのは高校生になってからでしたので、それまでは自分の名前について触れられるたびにうんざりでした。あと、あの作品に『北斗』という名前の強い人は出てきません。強いのはケンシロウです。いや、ラオウもトキも強いですけど。あとジャギも、それなりには。
■呼び名
僕の呼び名についてのお話です。子供の頃は主に『ほっくん』でした。中学の頃、クラスの女の子に「シブがき隊みたいだね」とイジられこそしましたが、馴染みある呼び名です。
また中学では、一人だけ僕を『ほくさん』と呼ぶ友達がいました。語感は『北斎』とほぼ同じです。そして、僕をほくさんと呼ぶ彼のニックネームは『ポポタン』でした。初めて聞いた時は「え?」と思いました。本当に何?妖精さんか何か?
テニス部の先輩が唐突に付けたのですが、当時の彼の赤ちゃんみたいな顔立ちには妙に合っており、僕は『ポポさん』と呼んでいました。彼の『ほくさん』に対し、僕も“さん付け”で応じた形です。
時は過ぎ、新卒入社した会社では、入社の直後は『北斗くん』でしたが、のちに先輩から『ほくてぃ』という呼び名を付けられました。へんなの。社会の洗礼ってやつでしょうか。
『ほくてぃ』の発音は、沖縄の豚角煮『ラフティー』や左利きの意味の『レフティー』と同じです。僕は食事の時だけ左利きですので、対ラフティーにおいてはレフティーです。
ちなみに、僕の翌年に新卒入社した後輩二人のあだ名はそれぞれ『殺し屋』と『ねこ』でした。そんなことってあるかよ。本人たちは特に嫌がっていませんでしたが、社会の洗礼がまた繰り返されてしまいました。せめて嫌がりなよ。君たちは殺し屋でも猫でもないんだから。
以上、『ポポタン』の同級生かつ『殺し屋』と『ねこ』の先輩がお送りしました。今月は以上。また来月!

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