皆様、いつもお世話になっております。すまい倶楽部㈱の小林 北斗です。
熱禍の候、いかがお過ごしでしょうか。こちらのニュースレターが皆様のお手元に届く頃には、暑さのピークも過ぎているでしょうか。僕がこれを書いているのは8月上旬。弊社は来週から夏季休業に入ります。
僕もお盆には実家に帰って、標高の高さによる軽い高山病にかかり、ついでに軽くカゼをひいて東京に戻る予定です。
今月も、日々の出来事について書かせて頂きます。
■格言
最近、僕が社内で勝手に育てている観葉植物の育成に『AI』の力を借りています。AIが僕の代わりに水やりをしてくれるわけではありませんが、植物の写真を撮ってAIに分析させると、『少し肥料を足すといい』とか、『もう少し日に当てると色や形が良くなる』などのアドバイスが出力されます。すごくないですか?これがもう楽しくて楽しくて。きっと晩年の僕は、AIの力で大量の植物を栽培する『サイバー盆栽おじい』になると思います。
先日も、いつものように鉢ごとの写真を撮ってAIに分析させたところ、『順調に育っているので、特に今すぐすることはありません』というアドバイスが返ってきました。僕が日々のアドバイスに従順すぎたため、いよいよ僕へのアドバイスが尽きたようです。いわば『お前に教えることはもうない』というAIからの免許皆伝です。
それでも僕が『他に何かすべきことは?』としつこく聞くと、ChatGPT は、『「何かしたい」は、「観察して、今は何もしない」を選ぶことも含まれます。それが“手をかけすぎない愛情”です。』と優しく諭してきました。いよいよ『愛情』の何たるかを機械に説かれる時代です。
僕が『格言みたいに言ってみて』と促すと、『手を出すより、目を配れ』と、実に簡潔な格言を頂きました。良い言葉。正論過ぎて返す言葉もなく、僕はただ『いいねえ。いい。』と称賛するのみでした。
■『水やり』で思い出したのですが、
僕の地元、長野県では『水やり』のことを『水くれ』といいます。植物に水を『くれてやる』から『水くれ』なのだと思いますが、なんだか上から目線というか、やや横柄にも聞こえます。そんなつもりないんですけどね。小学校の夏休みの『水やり当番』のことも、一切の悪気なく『水くれ当番』と呼んでいました。
高校の頃、ちょっと山の方から通学してくる同級生などは、人にものをあげる時にも『あげる』でなく『くれる』と言っていました。僕は自分のことを、田舎育ちにしては方言の少ない方だと自負していましたが、『水くれ』に関しては気を抜くと言ってしまいそうです。
方言でいうと、上京した頃に『いちご』のイントネーションを指摘されたことがあります。標準語のアクセントは『いちご』ですが、僕の地元では『いちご』も普通に使われます。アクセント的には『越後』や『覚悟』、あと『Let’s Go』とも似ています。いえ、やっぱり『Let’s Go』はそんなに似てないかも知れません。ただ言いたかっただけです。
僕や両親はまだしも、もっと上の年代、僕の祖父母が『いちご』というときには、完全に『覚悟』のイントネーションでした。さすが上の世代だけあって、覚悟も決まってます。あと、父方の祖父母がいう『ブドウ』の発音は『武道』でした。完全にマーシャルアーツです。皆様も、たまには地元にLet’s Go!
■こ゚
ひらがなの『こ』で変換したら、『こ゚』や『コ゚』という、読み方の分からない文字が表示されました。調べてみるとこれは『鼻濁音』というやつで、『んぐぉ』みたいに鼻にかかった発声方法をします。NHKのアナウンサーが『が行』を読み上げる時にも使われ、聞く人に柔らかな印象を与える音です。
本題はここからです。つい先ほど、そんなことを書こうと思い、この文章の書き出しの『ひらがなの』を変換したら、最初に『平賀なの』と出てきました。「あれ?」と思いましたし、少しイヤでした。小林なのに。平賀じゃないのに。平賀なわけないのに。と完全に出鼻をくじかれてしまいました。
仮に僕が『甘えた平賀源内』ならば、書き出しは『平賀なの。』で問題ないのですが、僕は平賀じゃないし、甘えてもいません。『平賀なの。ねえ、聞いて?エレキテル作ったの。』じゃねえわ、やかましいわ。と空想上の『甘えた平賀源内』に腹が立ったので、書き出しを『平仮名』でなく『ひらがな』と表記した次第です。変換のバカ。
の上『かきだし』が『牡蠣出汁』などに変換でもされた日には、怒り狂って帰宅し、牡蠣で出汁を取ってチゲ鍋でも作り始めるところでした。危ないところでしたね。
今月は以上です、また来月!

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